書籍・雑誌

ジャン・コクトー 恐るべき子供たち

2009年2月22日

Jyan_kokuto この本の作者であるジャン・コクトーとは、詩を書いたり、小説、劇、映画をやったりした1889年生まれのフランス人である。この本は1929年41歳のときの作品である。
詩人が書いたということもあり、ところどころ哲学的に書かれており、いささか理解に苦しむ描写や表現があり、読みづらく感じた。有名な作品だということで読んだけれど、わかりづらい表現をすっ飛ばして読んでいたので、得るものは少なかった。
内容は
14歳のポールが、憧れの生徒ダルジュロスの投げた雪玉で負傷し、友人のジェラールに部屋まで送られる。そこはポールと姉エリザベートの「ふたりだけの部屋」だった。そしてダルジュロスにそっくりの少女、アガートの登場し、愛するがゆえに傷つけ合う4人の交友が始まったのである。

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親指の恋人

2008年4月29日

Oyayubinokoibito石田衣良の小説をはじめて読みました。
読みやすくて、すぐに読み終えました。
石田衣良の本が直木賞を取ったり、本が原作となりドラマ化になったり、よくテレビにも出ているのでそのコメントを聞いたりしていて期待が大きかったのが良くなかったのかもしれませんが、この本の第一印象は内容が薄っぺらいことでした。通俗的という言葉が一番ぴったりかもしれません。やはりドラマ化になるということは通俗的でないと、まず一般市民に受け入れられないものね。それに話題性を盛り込んでいって、うまくPRすれば…。
1冊読んだだけで、石田衣良を批判するのは自分でもおかしいと思います。でももう1冊読もう!と思わないのはなぜかしら。
20歳の男女が主人公。男性の名前は澄雄。六本木ヒルズに住む、何不自由なく育つ。ただ9年前自殺した母を発見し、そこから何かが歪んでしまい、夢も希望もなく退屈な毎日を送っている。そして女性の名前は樹里亜。朝6時から昼3時までパン工場で働いて、その後出会い系のサクラのアルバイトをして、大学に行こうと学費を貯めている。澄雄と樹里亜が出会うきっかけとなったのは出会い系サイトである。出会った2人が心中するまでのストーリー。

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黒い森

2008年4月15日

Kuroimori表表紙は生存者、裏表紙は殺人者、両方の視点から描かれている上、中央が袋とじになっていて生存者と殺人者の両方の最終章となっています。とても面白い構成の仕方だと思って、いつかは読みたいなと思っていたらBookOffで見つけ、またその日は半額デーだったので迷わず購入しました。その金額なんと450円!
内容は事情があり引き裂かれた男女が、ある旅行会社のバスツアーの最終目的地で会う約束をし、そのバスツアーに別々に別の日に参加したが最終目的地で再会できるのか、というストーリー。
最終目的地は樹海の山荘であるが、樹海の山荘に着くまでの話が非常に長く、山荘に着いた後、「ようやく面白くなるぞ!!」と期待して読んだら尻窄まりで、450円で購入し喜んでいたが、最終的には高いなと感じてしまった。
構成の仕方はよかったんだけど、両方の立場から書くと、ページ数はそれぞれが半分になるから内容がどうしても軽くなってしまうのね。残念でした。

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私の男

2008年3月29日

Watashinootoko 近親相姦の内容だとわかる題名:「私の男」とタイトル:「おとうさんからは夜の匂いがした なにもかもを奪いあう父と娘」を見たときから読みたいと思っていました。直木賞受賞作というのは最後の一押しでしたが。

内容は2008年6月主人公である花が父親と一緒に婚約者に合うため、雨の銀座で待ち合わせているところからスタートします。花は9歳のときに震災孤児となり心に負っていた傷をさらに大きくしました。そして遠い親戚である淳悟に引き取られますが、淳悟も心に大きな傷を負っていました。心の傷と心の傷を舐めあうように、お互いにそれを差さえ合うように日々を過ごして来ましたが・・・。

2008年6月、2005年11月、2000年7月、2000年1月、1996年3月、1993年7月と話が遡り、視点がその時代で変わります、花・婚約者・淳悟・小町。婚約者は花と淳悟の父子の関係について不思議な者を見るような感じで見ています。花を毛嫌いする小町は淳悟の恋人でしたが、ある時淳悟の心の傷を花が舐めている場面に出くわし、淳悟から離れていきます。

私はこの本はとても好きです。心の傷の舐めあいであろうと、異常な感情であろうと、必要なときにその人が側にいて、他人に迷惑をかけず幸せであれば、いいのではないでしょうか。それとも許されざることなのでしょうか?みんなそんな人を探しているのではないでしょうか。

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夜は短し歩けよ乙女

2008年3月16日

Yoruha いやぁ、面白かった。妄想暴走・珍事件・恋・ファンタジーと盛りだくさんの内容である。なんといってもヒロインの黒髪の乙女のチャーミングなこと。世間からはちょっとズレているが、ここに登場する人たちはみんなちょっとズレているし、そんなこと気にも留めず、容認している。この黒髪の乙女は誰かに似ていると考えていたら・・・いたいた、久保ちゃんに似てる。弱そうで強くて、流されそうで自分をしっかりもっているところが。それに比べて男性は実に情けない。半年の間、妄想を暴走させながら黒髪の乙女のお尻をついて周って男らしくない。でも男らしく黒髪の乙女に告白していたら玉砕していたに違いないので、これはこれでよし。珍事件が勃発するごとに2人の気持ちが少しずつ変化し、お互いにピタッと合う時間が来たんだな、と感じた。

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有頂天家族

2008年2月24日

Utyouten 今月の初めに読み終わっていたんだけど、なんとなく書きそびれていた。

うん、久しぶりに面白かった。題名にもある有頂天な家族が主人公なんだけど、これは狸の家族のこと。その他に、天狗・天狗的な人間・その他の狸の家族などが登場する、京都を舞台とした物語である。この物語に登場する動物は、どれも阿呆で、天然で、でもかわいげのある、人柄ならぬ動物柄が描かれている。アニメにしたら面白いのにな・・・と思いながら読んでいた。すでに私の目にはアニメの狸が映っている。森見登美彦の書く本に登場する言い回しがとても好き。とある的に的中している言葉なのに、どこか柔らかいのだ。肝胆が剥き出しになってないからかしら。少し奥ゆかしさも感じられるんだな。そのような物腰のなりたいものだ。だから森見登美彦の書く本が好きなのかな。

内容:糺の森に住む狸の名門・下鴨家の父・総一郎はある日、鍋にされ、あっけなくこの世を去った。遺されたのは母と頼りない四兄弟。長兄・矢一郎は生真面目だが土壇場に弱く、次兄・矢二郎は蛙になって井戸暮らし。三男・矢三郎は面白主義がいきすぎて周囲を困らせ、末弟・矢四郎は化けてもつい尻尾を出す未熟者。かねてより犬猿の仲の狸、宿敵・夷川家の阿呆兄弟・金閣と銀閣、人間に恋をして能力を奪われ落ちぶれた天狗・赤玉先生、天狗を袖にし空を自在に飛び回る美女・弁天。狸と天狗と人間が入り乱れて巻き起こす三つの巴の化かし合いの物語である。

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幼年期の終り

2008年1月27日

Yousyouki ネットで面白い本を検索していたら、この「アーサー・C・クラーク」の「幼少期の終り」が多数紹介されていたので読んでみました。

この本の裏表紙には「SF史上屈指の名作」とありました。SFとは何ぞや?と改めて検索してみると空想科学小説という意味でした。私はSFとは宇宙を主体としたものである認識があったのですが違いました。科学とは狭い意味では自然科学と同意語で、「天文学・物理学・化学・地学・生物学などの自然に属する諸対象を取り扱い、その法則性を明らかにする学問」とありました。

なぜ私が軽くSFの意味を調べたかというと、この小説の面白さが私には伝わらなかったからです。どこが面白いのか!と思ったわけです。でもSFの意味が分かると理解できました。天文学・物理学・化学・地学・生物学などは学生時代から私が最も苦手としていたものばっかり。ベースとなるものが分かってないし興味もないし、からっきしダメなものを空想し小説化されたら、もっと分からない。よく私読みきったと思いました。

よく見たら「2001年宇宙の旅」もこの作者が書いています。19~20歳くらいのとき映画館で見ました。寝てしまい、ラストシーンしか思い出せません。確かこの本の表紙に描かれているものと似たような感じだったと記憶しているのですが。

おそらく「幼少期の終り」とは地球にとっての幼少期が終り、次の段階にステップアップしていくという、そこまでの話なんです。でもその中に登場するエイリアンや宇宙船の中を描写されても、頭の中で作り上げていくことができないんです。拒否反応が出てしまうんです。

SFはダメだ。私には合いません。

内容:人類が宇宙に進出したその日、巨大宇宙船団が地球の空を覆った。やがて人々の頭の中に一つの言葉がこだまする-人類はもはや孤独ではない。それから50年、人類よりはるかに高度の知能と技術を有するエイリアンは、その姿を現すことなく、平和裡に地球管理を行っていた。彼らの真の目的は?そして人類の未来は?宇宙知性との遭遇によって新たな道を歩みだす人類の姿を描いた作品である。

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鹿男あをによし

2008年1月3日

Shikaotoko 今年の1冊目は「鹿男あをによし」。年末から読んでいたんだけどね。今月から連続ドラマになることを知り、前回の「鴨川ホルモー」に続くファンタスティックな話なのかとの期待もあり読んでみたいと思った。「あをによし」とは「青丹よし」で建物の青と丹色の色づかいが鮮やかで都の眺めはグッドだな、という意味らしい。

前回の「鴨川ホルモー」より頭の中でイメージしやすかったから、面白かった。研究室にいた神経質な「俺」が奈良の女子高の先生になった。奈良の春日大社で鹿に声をかけられ「運び番」をいきなり命じられる。「運び番」は10月25日までに「目」を鹿に届けなければならない。10月25日までの約2ヶ月の話が中心である。

私は自分が夢のない面白くない大人になったなと感じる。エッセイ・対談、心理、人についてのありそうな話などは面白いと感じ、何の抵抗もなくすーっと頭や心に入ってくる。だがファンタジー(SFも含め)を本で読むと見えないバリケードがあり抵抗がある。つまりはイメージしにくいのだ。空想することが好きで、幻想的・空想的な世界は私も持っているのに。なぜ抵抗があるのだろう?映画で見るのは好きなのに。想像力が足りない?本をもっと読まなくちゃいけない?

とりあえずこれをどうやってドラマ化するのか今から楽しみである。だって鹿がしゃべるんだよ。

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新釈走れメロス他四篇

2007年12月14日

Merosu_3 「新釈走れメロス他四篇」は京都が舞台になっている。ちょうど良いことに先週私は京都へ旅行していて、哲学の道などを歩いていた。そのためこの本に出てくる哲学の道沿いのアパートやその周辺の感じがイメージしやすかった。山月記・藪の中・走れメロス・桜の森の満開の下・百物語の5つの話の中で、山月記と走れメロスが特に面白かった。理解しがたい感覚の持ち主が何かに一生懸命になって、更に不可解であり奇想天外な行動に出る。そしてイッてしまった内容である。

桜の森の満開の下が面白くなかった。あとの4つは異世界だが、これだけは違う。地に足が着いたというか、ありそうな話というか・・・。どうせならこれも異世界の話にしてくれたら良かったのに。全部の話において同じ大学の学生にスポットを当て、その学生たちが微妙に絡みつつ話は進む。伊坂幸太郎のチルドレンと同じだと思いながら読んでいた。

何かの賞を取った本に興味をどうしても惹かれるが、当たり前なのだが合わないものもある。でも読んでおきたい気持ちもある。図書館で借りればよいが読んだ本は手元に置いておきたいのだ。でもハードカバーの本は高いし、どうしたら良いのやら・・・悩みどころである。

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鴨川ホルモー

2007年12月14日

Horumo_5 「鴨川ホルモー」は前から読んでみたいと思っていたが、思っているうちに忘れてしまっていた。たまたま古本屋さんに行ったらあったから読む機会を得た。

そんな「鴨川ホルモー」だが、本当は2ヶ月くらい前に読み終わっていたが感想をブログに書こうとういう気持ちが起きなかった。面白くなかった。本の世界を頭にイメージさせながら本を読むでしょ。だからイメージができにくい本は面白く感じないわけ。まずホルモーが何かがわからないし、一緒に戦う鬼もイメージしにくかった。ホルモーをするという大前提のもとで話がスタートするのに、ホルモーとは何なのかが語られるのが後半1/3くらいで、前半2/3くらいは一緒に戦う鬼が見えるようになるためのプロローグにすぎない。

私は普段話をしていてもそうだけど、回りくどいのは好きじゃない。

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交渉人

2007年12月5日

Kousyounin_2 3人組のコンビニ強盗が総合病院に立てこもった。人質は50人。犯人と対峙するのは「交渉人」石田警視正。解決間近と思われたとき、事件は思いもよらない方向へ。

久々のマイヒット。おもしろかった。私はそんなに本を多く読まないが、2日で読んでしまった。実際医療ミスによって家族をなくし、それによる悲しい気持ちをどこにもぶつけようのない人たちがたくさんいるんだろう。ありえない話ではないと思った。

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